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2015年4月12日日曜日

【ルワンダの歴史】繰り返さないために


※今日の投稿は気分を害する画像が含まれています。注意してください。



アフリカのルワンダからこんばんは。

最近手洗い洗濯に慣れてきたのか、桶を使いながらの洗濯もだいぶサマになってきて腕力が付いてきたような気がします。改めて、手洗い洗濯の大変さと、自動洗濯機とは違うすすぎの難しさ等を痛感しています。やはりウルトラアタックNeoのようなすすぎ性抜群の商品は、断水が頻繁に起こるこんな途上国こそニーズがあるのかもしれません。こちらの一般家庭ではなかなかパッと買える値段は無いのが残念ですが・・・そのだひろです。



我々青年海外協力隊は4/7(Tue)~4/14(Tue)までの虐殺追悼週間(←こちらに関しては前回のブログ参照ください)の最中は国内移動禁止措置が出ております。これは過去に虐殺追悼週間中に政権が不安定な時期を利用して爆破テロ等が人の多く集まるバス停や市場を狙って行われているからです。


初めての虐殺追悼週間、初めてのその最中での週末。でもその中でもフイエという街は拡大を続けており、今までは点在していた各社の長距離バス用のバス停が一つに集約して新しく「Huye smart complex bus station」が出来ました。また一つ、フイエの町おこしが進んでいます。




さて、虐殺追悼週間ということもあるので先日行きましたMurambi Genocide Memorial Centreについて今日は伝えたいと思います。




ここはルワンダの南部に位置するNyamagabe郡Murambi。1994年、大統領の暗殺をきっかけに蜂起したフツ族民兵によって80-100万人のツチ族と穏健派フツ族が虐殺されたルワンダ。その中でも特に虐殺の被害がとても多かった地域の一つがここMurambi。写真に映っているのは1994年4月の虐殺時期に約50,000人が避難施設と「偽られて収容され」、フツ族によって皆殺しにされた施設です。

記念館全体は館内と館外の大きく2つに分かれている。

館内はパネル説明がメイン、館外は虐殺により亡くなった方々のミイラ遺体がメインの展示となっています。


館内のパネルはPre-colonial時代のフツ族とツチ族の歴史的分断背景から始まり、虐殺宣言直前の政治的状況、虐殺開始時期の国民心境、虐殺最中の政治的錯乱、国際機関の関わり、虐殺によって亡くなった数知れぬ人の写真、そして現在虐殺の記憶で苦しんでいる人たちのメッセージで締めくくられています。



こちらは虐殺で亡くなった方々の写真。幼い子供からおじいちゃんおばあちゃんまで、ツチ族であることだけを理由に全ての人がターゲットになり殺されました。一番印象に残ったのはフツ族によるツチ族及び穏健派フツ族の虐殺を呼びかけるラジオの際に使われていた言葉:「国を脅かすゴキブリを退治しないといけない」

民族間の妬みや恨みが、人口の約80%のフツ族による約15%のツチ族の抹消をこんな形で引き起こした。フツ族は全ての道路をブロックで封鎖し、通り過ぎる者全ての身分証明書を確認し、ツチ族がいれば皆殺し。それに反対する者は反逆者でありツチ族の仲間だと見なされて殺される。だから誰もがツチ族を殺さないと次は自分が殺される、という究極的な選択に迫られ、人格が変わって人を殺すようになっていった。それはゴキブリ退治に例えられていた。そんなことが全国民が聞いているラジオでまざまざと告げられている。その状況を思い浮かべるだけで血の気が引く想いだ。


そして館外に出ると宿舎のような施設が点々と置かれている。





その中には、衝撃的ではあるが、掘り戻して石灰と柑橘類でミイラ化した数百体の遺体が無惨な姿で並んでいた。








ミイラ化された何百という遺体が何十もの個室の中に置かれている。手を伸ばそうと思えば簡単に触れられる距離にその遺体は置かれている。小さな赤ちゃんの頭蓋骨が陥没して横たわっているもの、そして、その赤ちゃんを腕で包むように支えようとしているお母さんと思われる足が切られたミイラなど、言葉に表せられない光景が目に入ってくる。そうした部屋を一つ一つ入って行く。


彼らは虐殺を免れたいと思って、安全な場所を誘導されてここまで辿り着いた。ただしそれは罠だった。この中に5万人が生活し、一斉に虐殺の標的にされる。持っている武器は石だけ。相手は銃や刃物を持っている。銃で撃たれ、その後石で殴られたのであろう、頭蓋骨が陥没した遺体ばかりが目についた。なんて残酷な形なのか。


そうして惨殺された光景を21年経ってこんな形で展示されている。普通の感情で見続けることは出来ない。目を背けたくなる気持ちがとても強かった。合わせて、ミイラ化された遺体からの石灰の臭いと混じった異様な臭い。でも、僕は目を背けたくなかった。目を背けたら、それで彼らの死を遠ざけてしまう気持ちになったから。彼らが今この形で僕らの前にいるのは、見せることを通して虐殺の悲惨さを伝えるため。そして無言の平和の主張をするため。だから、一人一人の遺体をしっかりと見届けることが自分にできる最低限のことなのかと思った。


見終わって思った。



なぜ彼らは殺されないといけなかったのか。




人を殺す理由なんてどこにもないんだ。




今のこの平和があるのは、そこに最後まで抵抗した彼らのような人たち100万の死があったからだと思う。だから僕らは今日も生きている。



当たり前に毎日を送ることはとても簡単。でもそれをどの角度でどのメガネを使って見るかによって価値は全く変わってくる。


小さな幸せにより感謝し、自分の近くにいる人の幸せを作って行く。少しでも平和という和を広げられるようにしたい。それがその人たちのために自分がしなきゃいけないことなんだと強く思った。


そんな想いが込み上げてくる訪問だった。なかなかすぐに来れるところでは無いルワンダで、とても大きな気づきを与えてくれた記念館の感想でした。




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