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2016年6月25日土曜日

タンザニア紀行 #4 サファリ帰還

【3日目: アルーシャへ帰還】

帰るまでがサファリということで、一同はセレンゲティ国立公園を朝に出て、来た道をひた走りアルーシャへ戻る。
セレンゲティからアルーシャまでは7時間ほどある。2泊3日なので、今日中に戻らないといけません。でも道中ではまあまあ群れから外れた動物達がいるので途中途中で車を止めてくれます。
こんな感じで、ふらっと見ながら帰るのもまた楽しい。
シェフの最後のお昼ご飯はまたまた盛り沢山で美味しい!まさかのコロッケまで作っていたのには驚かされた!
行きでは霧がすごくて全然見えなかったビューポイントも、帰りはとても澄んでいて遠くまで見渡せる絶景。みんなで最後の降車で記念撮影。
無事に7時間かけてアルーシャのホテルまで着いたのでした。旅の仲間と最後の記念撮影。タンザニア人2人の素敵なガイドとご飯があったからこその素敵な旅になりました。

また同期隊員みずえさんの、さすがタンザニア隊員と唸る数々のガイドさながらの情報は、さらに旅を素敵なものに彩ってくれました。本当に感謝でした。

【サファリを通して気づいたこと】

①観光客目線のカスタマーサービス
→さすがアフリカ随一の観光地キリマンジャロ。細部まで行き届いた配慮は、テント、食事、ピッタリの時間配分から見ても、ルワンダとは大きく異なる。お金になるためには何が重要なのかという経験値の違いが歴然。

②観光資源の強さ
→サファリの1番の特徴は「アフリカっぽい大地と動物達」であり、アフリカに来る1番の動機となっている。マサイ族もまた日本でも有名で、独自の格好やサファリ内にある集落の差別性から訪れる客は多い。現に、$800を払っているもののそれは安い方である。ターゲットとされる距離的に近いヨーロッパ人は1泊$1500するロッジに泊まる。それほど唯一無二の資源がここには存在するということ。ケタ違い。

③1歩目をどう踏み出させるか
→今回はタンザニアに僕がアテンドするから前職の方々が来てくれました。もし僕がいなかったら来ていたかというと、おそらく来ていない。こんなに観光業の整ったタンザニアでさえ、そんなもんなのだと痛感。ルワンダなんて情報すらない。あっても虐殺の歴史のみ。そりゃぁ来ない。でもアフリカを身近に感じさせる道程のヒントは何となく少しだけ気づけた気がする。

【取り組むべきこと】

①タンザニアやケニアに来る観光客をどうルワンダに来させるか?
→全く違うニーズの観光客だが、東アフリカ共同体としてのビザ不要などのハードルの低さから、来させるポテンシャルはある。「アフリカと言えばサファリ」であるのは間違いないが、アフリカに来たからこそ学ぶべきことの1つとしてのオプションとして、ルワンダは「生きたアフリカの黒い歴史と白い未来」の両方を持つ極めて稀な国。できることは多くある。

②「観光業」の確立
→ルワンダは歴史が短いゆえに観光業などのインフラも整っていなければ、サービスが金になるという意識も希薄である。そのため、わざわざ来た観光客を満足されるに至っていない。ゴリラもタンザニアに比較してアホみたいに高い値段で人数制限まである。まだまだ未開の領域にある観光業が、まずは金になること、そしてカスタマーサービスによる付加価値の意識を持つこと。これこそがルワンダ人にタンザニアから学んでもらうことである。

③資源が無いなら作る
→ルワンダには観光資源はゴリラしかないと言っても過言ではない。あとは虐殺の歴史。差別性をどこに求めるか、誰をターゲットにしてキャンペーンを打つか。おそらくほぼ考えられていないのが現実。観光庁との話し合いにより、ルワンダの特徴とそれを活かした唯一無二の経験を「作る」という取り組みを進めたいなと思っている。


何はともあれ、学ぶことの多いタンザニアはキリマンジャロのツアーでした。サファリ編は以上です。
さよならキリマンジャロ〜

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